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人にやさしく、自分にも甘くね 清田 料子さん

おしゃれ好きは家系!?

「素敵な方だよね~」と出会った誰もが言いたくなる清田料子さん。きれいな顔立ちによく似合うショートカ ットのグレイヘア、おしゃれな服やアクセサリーをまとう三原市木原町にお住まいの女性です。
料子さんの生まれは三原市。スカーフを身に付けたおしゃれな父、布団や服を縫ってくれた祖母や母のいる紳士服店です。そこで育った料子さん自身も、おしゃれが好きで、自分で小物ポーチを縫うこともあります。この取材の日も、料子さんが浴衣から縫ったというワンピースはよく似合っていました。

子育ては修行と思って

さて、取材に伺った場所は、木原にある人気のスパイスカレーと喫茶のお店『楽観堂』です。この『楽観堂』の店主・学さんは料子さんの3人のお子さんのうちの1人です。その学さんを産んだのは、5年住んだという岩手県でした。寒い地方のアイスバーンに初めは戸惑ったそうですが、慣れない地でも、子育てを通して知り合った人情の熱い地域の人たちと楽しく過ごされました。
その後、三原市に戻ってきてから生活していましたが、自宅を6年ほど前に火事で失ってしまいます。ショックを受けましたが、木原に住んでいた息子さんの助けがあり、木原に住み始めることになりました。「海・島・山のある木原の景色は最高!!導かれてここに来たと思っている」と話す料子さんは、調子が良い時は、坂道も多い木原を歩き、近くの鉢が峰まで40分ほどかけて登ることもあります。
子育てについて尋ねてみると、「誰もが子育ては初めて。子どもが教えてくれる」と話してくれました。子どもたちが何か始める時は、心配はしても「行っておいで」と愛をこめて見守ることにしていました。

病気を越えて、前向きに。

健康的で明るい印象の料子さんですが、4年ほど前には乳がんが見つかり投薬や手術も受けました。健康には気をつけていたし、マンモグラフィには映らない位置で見つかったことは正に青天の霹靂と言えるできごとでした。鬱にもなり、眠れないような時もあったそうですが、東洋医学の先生と知り合い、受け止めてもらえたことで、徐々に前向きに。「しょげていてもしょうがない」と、表に出て人に会うようになり、髪を黒く染めるのもやめて、グレイヘアに合わせてお化粧するなど、好きなおしゃれも楽しむようになりました。

日々、前進。毎日の積み重ねを大切に。

小さい頃はナイチンゲールに憧れたそうで、短大の社会福祉科を卒業され、福祉施設へボランティアにも行きました。「人のために何かしようと思う時は、自分も良くないとできないから。人にやさしく、自分にも甘くね。人が人をつなげてくれるから」と、人との出会いを楽しんでいます。最近は、着物の着付け教室やお茶の教室へ通い、落語を見に行くなど、さらに幅を広げています。
「年をとるのも悪くない。美味しい物を食べて、ガハハと笑って生きたい!」と話してくれた料子さんからは、困難がありながらも、受け止め、前向きに日々を楽しむ姿勢が伝わってきました。

三原市木原にお住まい。
座右の銘は『マイペンライ』…タイ語で『なんとかなるさ』の意味。
自分の性格は熱しやすく冷めやすい、おせっかい。
もし明日死ぬと分かったら食べたいものは、自分で握った梅干しのおにぎり。
現在、毎朝のお味噌汁が習慣。
三原でお気に入りの景色は、木原の鉢が峯からの尾道水道が見える景色、佛通寺の紅葉。

文:槙田沙希

この記事は、2020年3月発行の「シニアNOWNOW Vol.2」に掲載したものです。
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